⭐︎那波青です⭐︎十五年の月日が経ちました。 – 2026ベリーガールズのハートベリー日記ブログ|タックルベリー

 

⭐︎那波青です⭐︎十五年の月日が経ちました。

2026年3月11日

春情の候、厳しい寒さの中にも春の日差しが見出される、そんな日々ですね。
皆様、如何お過ごしでしょうか?

宮城県南三陸町出身、那波 青(ななみ あお)です。

今日は私にとってとても特別な日です。
この日までは、南三陸町と伝えてもドコ?や、気仙沼のあたり?岩手の方?
と聞かれる事が多かった郷里。

この日からはずっと、震災大丈夫だった?
そう聞かれる事ばかりでした。

東日本大震災。
十五年の時が経ちました。

私は当時高校生で、東京の学校でダンスか何かの練習をしていたと思います。
強い揺れで体育館から校庭に避難後、程なくして震源地が知らされた時の気持ちは今でも覚えています。
〝終わった…〟と、頭の中が真っ白になり、涙がとめどなく溢れました。

その後、なんとか親が迎えに来てくれた時も…二人で校門で抱き合って泣き崩れました。
東京でこの揺れということは、現地はどうなっているのだろう?津波のニュースが流れ、やるせない気持ちでいっぱいになりました。

連絡がつき、家族が無事だということを聞いた時は安堵で体の力が抜けたことを覚えています。

翌日からでしょうか?
いてもたってもいられず、天文学部の部活動で一緒だった友人ら数人の有志と共に学生団体を立ち上げました。
学校の近くの駅に立ち、募金活動に勤しみました。
まだ皆自分自身の生活すらままならず、あたふたしている時でした。
賛同してくれた友人達も大変だったと思います。
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

そんな中、東北出身で、お財布の中身を全部入れてくださる方。
外貨を入れてくださった外国人の方。
僕たちも東北出身で、手伝わせて下さい!とおっしゃってくださった学生の皆さん。
学校にバレ、勝手な行動をするなと怒られてあえなく活動は終了せざるを得ませんでしたが…。
それでもたくさんの方々の力に支えられて、なんと百万円以上のお金が集まりました。
人々のあたたかな気持ちに、感涙しました。

その後まだ、新幹線復旧もしておらず、バスで現地に向かいました。
景色が変わっている事を、車窓から眺めて絶望したのを覚えております。
大切な義援金は、家族の母校へ寄付させていただきました。

あの時の在校生の皆様への、何かのお役に立てたでしょうか。

目の当たりにした郷里の光景は凄惨で、いまも見ると辛く涙が滲みます。
家族とお出かけしたデパート・サンポートはかろうじて姿を残しておりましたが、小さなかき氷屋さんや文房具やさん、全て跡形もなく更地になっていました。

家の近所は、祖父母邸より下は抉れて何も無くなっていて…。
たまに遊びに行ってた知り合いのお爺さんの家付近に散らばったレコード。民芸品の置物。
何もかもが悲しくて、辛くて、でもどうすることもできない無力さに苛まれました。

惨劇のあと、東北一丸となり復興をして十五年。
あの時の姿はもう戻りません。
漁師を営む祖父母の船も流され無くなりました。

だけど、海はそこに今もあります。
両親と釣りを楽しんだ堤防は怖いくらいの高さに姿を変え、海水浴した砂浜は無くなりましたが…
故郷の海はずっとそこにあるのです。

恐ろしくも、愛おしいのです。
大好きな思い出の海で、それは変わらない。
気持ちの整理はきっとつくことはないでしょう。

愛する故郷のため、何ができるか?
自分自身の活動を通して常に考えております。

今後も私が22代目ベリーガールズを務めさせていただけているご縁を大切に、タックルベリー様と故郷のためにできることを考えて活動したいと思います。
釣具をタックルベリーで買ったら、地元の海で釣りもしますよ〜!釣果をご期待いただけたらと思います。

今の時期は、マダラやメヌケが釣れる様です。
美味しいものと、のどかな街。釣り人の皆様もぜひ愛する南三陸町に遊びに来ていただけたら幸いです!
また、南三陸町のおすすめスポットも紹介していきますね。

ちなみに南三陸から一番近いタックルベリーは、たぶん宮城いしのまき店様です♪
釣り前のお買い物は、タックルベリーですよー!

那波青