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森永誠の釣り日和

2009.05.16 Saturday第41回 キス釣りと環境美化に励む大好き磯ノ浦101尾会

小さな子供からお年寄りまで、誰もが気楽に楽しめる釣りに投げ釣りがあります。近くの海岸や砂浜、防波堤に出かけて思いっきりフルスイング、あるいはチョイ投げするとキス、ベラ、ハゼ、カレイ、ときにはマダイ、クロダイ、スズキとあらゆるものが釣れます。そう小物から大物まで狙える投げ釣りは釣りジャンルの中では最も釣り人口が多いのではないでしょうか。
 投げ釣りの一番人気はキス釣りで、冬季に越冬ギスを狙うケースもありますが、基本的には春5月の八十八夜を境にシーズンに突入します。今年は5月2日が八十八夜でした。
 5月10日に和歌山県浜の宮の海岸で「磯ノ浦101尾会」主催の「101スーパーキストーナメント」が開かれました。この会には、投げ釣りの広域団体である全日本サーフキャスティング連盟の各クラブ員を中心に一般の釣り人も所属しているのが大きな特徴です。年に2回このトーナメントを開いていますが、クラブ員だけでなく誰もが参加できるのが大きな特徴です。そして釣り大会が終了したら海を愛する者として海岸清掃にも積極的に取り組んでいます。もちろん、この日も海岸清掃は行われます。
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 この会の代表である貝塚サーフの野村道雄さんは私の友人で、釣りだけでなくボランティア活動、環境問題にも取り組む姿勢には頭が下がります。私もこの大会に積極的に参加しているのですが、今回は前々から決まっていた取材日と重なってしまい、参加することができませんでした。ほかのメンバーも知り合いばかりで、いつも和気藹々とキス釣りが楽しめるこの大会を心待ちにしていただけに残念です。
 「磯ノ浦101尾会」の名称ですが、これはキス釣りの実績場である和歌山県磯ノ浦で「1日に101尾のキスを釣り上げよう」のコンセプトで生まれたものです。いつもなら磯ノ浦で開催するのですが、キスの状況がいまひとつということで、磯ノ浦よりも南側にある浜の宮になりました。
 早朝から遠、近と広範囲に投げ分けたようですが、大会の2日前にまとまった雨が降ったのが災いしたようで、遠浅の浜の宮はキスの食いが渋く2ケタに乗らない貧果となってしまいました。トップキャスターがあらゆる場所を探っての釣果ですから、キス本番はあと一潮待ちといったところでしょうか。
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 釣り終了後は海岸清掃です。誰もが嫌な顔をせずにここへ訪れる人が気持ちよく釣りができるようにと、積極的にゴミを拾い集めていきます。写真のようなゴミが集まりました。正式には年に2回だけの清掃ですが、この会に入っている人は個人釣行時でもゴミを拾うことが多く、環境美化には大きな関心を持っています。こういった人達がもっと多くなれば、釣り人のゴミ問題は解消されるのですがねえ…。
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 数年前に磯ノ浦で大きな出来事が起こりました。7月から磯ノ浦は海開きとなり海水浴のシーズンとなります。と同時にこの海岸は大阪市内から最も近いサーファが集まる場所としても知られ、狭い場所で3つの遊びが一同に行われるから大変です。投げ釣りは海水浴の人に迷惑が掛からないようにと配慮しながら釣りをするのですが、それでも危険が付きまとうということで、海水浴が行われない早朝だけの釣りを心掛けていました。しかし、残念なことに釣り人の中にはマナーの悪い人もいるのは事実で、釣りバリの付いた仕掛けを海岸にポイ捨てしているのです。海水浴のお客さんは素足のため、釣りバリが刺さったというトラブルも起こり、地元の観光組合から釣りは全面禁止という話が持ち上がったのでした。ことときの同会の対応は見事でした。全面対決するのではなくて穏やかに話し合い、双方がいい方向に進むように持っていったのです。サーファの人もこの話し合いに加わり、いまはいい関係になっています。釣り場には絶対ゴミを捨てない、そういった意識を皆さんにお願いしたいものです。
 いまの時代はとかく自分の主張だけをまくし立てる人が多く、相手の状況を踏まえながら穏やかに話し合う、この簡単なことがなかなかできないものです。それを考えると彼らの行動は“立派”の一言です。
 同会の野村道雄さんは「会の誰もがキス釣りが大好きで、その楽しさを広く伝えたい。そしてキス釣りを通して仲間の輪を広げて行きたい」と力強く語ります。私もできる範囲でバックアップしていくつもりです。
 なお、磯ノ浦101尾会をもっと知りたい人はホームページでどうぞ。磯ノ浦101尾会で検索してください。

2009.05.02 Saturday第40回 「小西和人さんを偲ぶ会」に海外からも参加

新聞、テレビなどの報道でご存知だと思いますが、今年の1月7日に釣りのパイオニア、市民活動家、自然保護や環境問題にも情熱を傾けていた「小西和人さん」が心不全で死去されました。享年82歳でした。
 小西さんは昭和51年に日本で初の釣りの週刊誌「週刊釣りサンデー」創刊時の社長で、釣り業界をメジャーな分野に引き上げ、釣り業界にも革命を起こした人物でもありました。お通夜と告別式は身内でひっそりと行われたため、小西さんにお世話になった人々がお別れを言いたい「偲ぶ会を開こうよ」という機運が高まり、4月26日の正午から新大阪ワシントンホテル2Fで「小西和人さんを偲ぶ会」が開かれました。
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 呼びかけ人代表は漫才の大御所、そして釣りの世界でも有名なオール阪神さんです。小西さんと阪神さんは関西でメジャーな釣り番組、サンテレビの「ビッグフィッシング」で数十年レギュラー共演する間柄でした。“小西さんと皆さんに少しでもお手伝いができたら”ということで、オール阪神さんは当日も劇場の忙しい時間を割いて顔を見せてくれました。
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 もちろん私も出席しました。出席しました、というよりも何があっても出なければいけないのです。私が大学を出てすぐに就職したのが、小西さんが社長だった週刊釣りサンデーでした。当時を振り返ってみると、右も左も分らない若造が週刊誌の編集に携わるのですから、その仕事ぶりにはきっと小西さんも歯がゆかったことでしょうね。編集では2人だけの入社ですが、1人は経験者でピカピカの新人の私、いま考えますと小西さんに最も雷を落とされたのは私だったのではないでしょうか。あの大きな体格に威厳のある風貌、そしてドスのきいた声で怒鳴られたらもう大変、直立不動で冷や汗をかいたものでした。いまでは懐かしく、同時にこの愛の教え?があったから、いまの私があるのだと思っています。いや、ほんと。
 この偲ぶ会は知り合いだけでなく誰でも出席できて、ご香典、ご供花、ご供物はいただきませんとなっていました。京阪神のメンバーが中心となりましたが、私の知る限りでは国内では愛媛、広島から、そして海外からは中国の王さん、台湾の陳さんが参加していました。王さん、陳さんは私もよく知る人で、ともに5年ぶりの再会となりました。
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 小西さんは釣りサンデーの社長を退き、会長職に収まったころから亜細亜釣魚連盟の代表として国際親善にも大きく寄与していました。亜細亜釣魚連盟には日本、韓国、台湾、中国、香港のメンバーが集まり、各国持ち回り制で親善釣り大会を開いています。日本で開かれるときは決まって私が会長のお供をしながら、各国のお手伝いをさせていただきました。スタート時は和歌山県、福井県などで開いたのですが、一つの基地で大物が釣れて磯から船まで楽しめる奄美大島限定となりました。その時に王さん、陳さんと知り合い、いつしか仲間意識が高まっていったのです。
 王さん、陳さんとの思い出はいろいろありますが、王さんが小西さんに怒られたことがいまでも鮮明に残っています。奄美大島での磯釣りのときでした。王さんは救命具を着けずに磯上がりすると言い出したのです。「私は中国では水泳の代表選手だったから、海に落ちても大丈夫」となかなか救命具を着けようとしません。私が「救命具は義務で着けないと磯に上がれませんよ」と言っても「大丈夫、大丈夫」とやんわりと拒否する王さんに、いきなり小西さんが大声を出したのでした。「貴方のいうことは間違っています。規則が守れないなら帰ってください」と、その迫力ある言葉に「分かりました。小西さんは怖い」とすぐに救命具を着けた王さん。海外からのお客さんには遠慮してしまい、はっきりとモノを申せない日本人にあって「悪いのも悪い」とはっきりとモノを言える小西さん、さすがでした。ほかのメンバーに聞いても、誰にでも遠慮なく言葉を発する小西だからこそ、お国が異なる人が集まる亜細亜釣魚連盟を引っ張っていけたのではと言います。本当にそうだと思います。
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 会場では小西さんを偲びながらもワイワイ、ガヤガヤと大にぎわいです。息子さんで週刊釣りサンデーの社長も務めた小西英人さんも、仲間のうれしそうな顔に満足していました。挨拶では「いま考えると親父は立派で、とても偉大だった」と力強く話していたのが印象的で、父親を誇らしく思える小西英人さんが羨ましい。
 釣りサンデーが廃刊になってから疎遠になっていた仲間との出会いもあって、これは小西さんが導いてくれたものだと感謝しています。誰もが「いい偲ぶ会になったね」「訪れたメンバーを見ても、小西さんは最後の最後までリーダーだったね」などと話しながら、小西さんに最後のお別れを告げていました。
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 壇上に掲げられた会長の写真に「お疲れ様でした、ありがとうございました」と深々と頭を下げて私はホテルを後にしました。会長、もう一度だけ言わせてください、ありがとうございました。

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森永誠
森永誠

森永誠(もりながまこと)
昭和31年に世界遺産で有名な鹿児島県屋久島で生まれる。中学1年で大阪に移り、大学卒業後に週刊釣りサンデーに入社して編集部員に。25年勤続したが廃刊を機に独立して編集プロダクション「オム・オーシャン」を設立。現在、サンテレビ「ビッグフィッシング」レギュラー、ラジオ大阪・月曜日「むっちゃ元気・オール阪神の週間釣り道楽」レギュラー。サンケイスポーツ、日刊ゲンダイ、週刊つりニュースなどに執筆中。釣りは何でもこなすが手軽に楽しめる防波堤の釣りや投げ釣りを好む。

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