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森永誠の釣り日和

2008.09.26 Friday第26回 紙ふうせんリサイタルと難聴児の釣り大会に感激

 ♪冬が来る前に、もう一度会いたい♪。昭和30年代の同胞には懐かしい紙ふうせんの「冬が来る前に」のワンフレーズだ。なぜ、冒頭にこれを記したかというと、23日に大阪・梅田の梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで「紙ふうせん結成35周年リサイタル〜なつかしい未来VOL3〜」が開かれ、ヨメさんと20曲ほどの熱唱に聞き入り感激したからだ。
 紙ふうせんと私の出会いはいまから2年前。それ以前も釣り雑誌の記者をしていたとき、何度となく雑誌に登場願ったことがあり、昔から間接的にはお付き合いがあったのだ。それが2年前から私がレギュラーを務めるサンテレビの「ビッグフィッシング」に年に一度、紙ふうせんが主役のロケ取材があり、その担当というかお手伝いを私が受け持つことになったのだ。

紙ふうせん1紙ふうせん2紙ふうせん記念撮影一昨年は和歌山・紀ノ川河口のメッキ釣り、そして昨年は大阪湾の船のタチウオ釣りを楽しみ、ご主人の後藤悦治郎さん、奥様の平山泰代さんこと“やっちゃん”と意気投合した次第。
 今年はスケジュールの都合が合わずロケを行うことはできなかったが、35周年リサイタルの招待状が届いたので出かけたのだ。用意していただいた席は前列から15列目のど真ん中の特等席。おまけにヨメさんと一緒に座った前列2席を空け、左右1席も開けていただく配慮に大感激。約2時間、紙ふうせんのフォークディオに酔いしれた2人だった。
 帰りには記念撮影もしていただき、と同時に言葉を交わしたときに「釣りに行きたいね」と後藤さん。「いつでも言ってください」と私。近いうちに実現したらいいのに…。そして“やっちゃん”の笑顔にも触れ、ヨメさんと忘れることのできない1日となった。釣りファンのみなさん、釣り好きの紙ふうせんこれから“釣り仲間”として応援してください。もちろん私も全面的に応援します。

紙ふうせん35周年リサイタルでの記念撮影

 夏休みラストとなった8月31日に「第3回難聴児と健常児の交流海釣り大会」が兵庫県平磯海づり公園で開かれた。主催はNPO法人「医療・環境サポート協会」で、私も1回目からお手伝いをさせてもらっている。難聴児とその家族を外に出すにはどうしたらいいか。それには自然と触れ合える「釣りが一番」と同協会の五島末広理事長が提案。五島さん自身がイカダ釣りの名手で、釣りの魅力を知りつくしていたからこそ、この発想が生まれたと思う。明石西港の大壁画(五島さんらが手がけた)の取材で知り合った私に協力要請が来て「皆が喜ぶなら」ということで即決。1回目も2回目も大会終了後に「また来年もやってね」と子ども達がリクエスト。その笑顔が忘れられずに今年も開いたのだ。
 今回は25家族88人が参加。釣りが初めてという家族もあるので、各方面からお手伝いしたいとたくさんの仲間が集まり、1家族に1人が協力というマンツーマン体勢。ただ、何から何までやってあげるのではなく、困ったときだけちょっとお手伝いをするというのが基本スタイル。最初はクネクネと動くアオイソメに悲鳴を上げていた子ども達だったが、いつしか平気で触るようになり、やはり子ども達の順応力は早い。
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釣りタイムは午前10時から正午までと釣りには厳しい状況だったが、そこは集中力と根気、そして子ども達の熱気に負けたのかガシラ、ベラ、カワハギ、小アジなどが次々に釣れて、そのたびに大きな歓声が上がっていた。審査では全ての子どもに賞品が渡されニコニコ顔。バーベキューに舌鼓を打ち、楽しい時間はあっという間に過ぎ去った。帰り際にいつものように「来年も釣りをしたい」と子ども達。五島理事長やスタッフは「うん来年もやろう」とやさしく答えていたのが印象的だった。そして私にも「いつもありがとう」に大感激。
26blog_826blog_926blog_10今回、難聴児が帽子に青色を基調に両サイドが黄色のリボンを付けてくれた。このリボン「私は障害があります」といった意思表示。障害は恥ずかしいことではなく「子ども達に外でいろいろなことにトライしてほしい。そのためには障害者と分かるリボンが必要」と同協会が進めていたもので、保護者が理解してくれたのだ。「このリボン、全国展開で進めて行こうと思っています。障害者が社会の中で胸を張って暮らせる、そうなってくれることを願っています」と五島さんは熱く語ってくれた。このリボンを見かけたら、困っているときだけお手伝いしてくださいね。

2008.09.17 Wednesday第25回 ぼくらのフィールド大阪港が立入禁止!?

大阪港の護岸や沖堤防で釣りができない、こんなショッキングな動きがある。大阪港の護岸や沖堤防を管理する大阪港湾局が突然に「港湾への立入禁止」を発表して釣り関係者を驚かせている。

なぜに港湾局が立入禁止を進めているのか、発端は昨年に起こった釣り人死亡事故にあった。昨年8月に渡船で護岸に上がった釣り人が転落して水死という悲しい事故が起こり、亡くなった釣り人の両親が港湾を管理する大阪市、そして大阪府、渡船業者を訴えて裁判を起こしたのが大きな要因だ。

大阪港は古くから釣りのベストフィールドとして市民だけでなく大阪府民、他府県の釣り人にも愛されている。25blog_02.JPG25blog_05.JPG
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近年は東京、千葉、神奈川からの釣り人が毎年のようにチヌを狙って遠征するほど大人気。今年も7月後半に東京の黒友会が大阪港で「第14回落とし込み大会」を開き北陸、中国地方からの仲間も集まり、総勢170人とにぎわった。

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また、いまはなき大関門はハネ(スズキの幼魚)釣り天国で“朝バネ釣り”という古きよき伝統釣法はいまも受け継がれている。ある渡船店は4代目となり100年ほどの歴史を持っているのだ。
 早速、8月上旬に大阪港湾局を訪ねて本音と今後の動きを探った。港湾局は「もともと港湾は立入禁止地区でいままでは黙認していただけ。今後はしっかりと管理するために立入禁止にしたい」と主張。確かに港湾法では港湾の危険な場所、荷役の作業などに支障の出るところは立入禁止入となっているが、すべてシャットアウトとはなっていない。その危険な場所の解釈も港湾局はすべてが危険と考えているがこれもおかしな話。車が横付けできる足場のいい場所を誰も危険とは思わない。ちょっと海を見に行こう、散歩しようと、安全な護岸を訪れることも港湾局の解釈ではできなくなる。すなわち市民は海辺に近づけないのだ。
 そして今回は特に重要な場所を指定して管理していく意向で、条例に反した場合5万円以下の過料が科せられる。違反者は強く取り締まるというが、果たしてそれだけの人員を配置し、管理部署を設ける力がいま港湾局にあるかというと大いに疑問。
 大阪港が立入禁止になると先ほどにも紹介したように100年以上も続く渡船業、それに伴う関連業者、そして釣具店などにとっては死活問題。この不況の中、それらの人々の生活をどうするのか、それらについても何ら対策を講じていない港湾局の姿勢が理解できない。それらについて質問しても「…」。
 ただ、行政ばかりを責める訳にはいかない。釣り人の安全に対する配慮が欠如していたのは事実だから。磯釣りでは救命具を着用するのは常識だが、波止釣りに関してはなぜか“安全”的なものがあって救命具を持参しない、あるいは渡船内では着用しても釣り場に上がると脱いでしまう人が多い。実は海面から高い大阪港の護岸や沖堤防は危険とは背中合わせ。救命具を着用せず誤って転落すると上がる場所がないので最悪の結果を招いてしまう。釣り場では絶対に救命具を着用して安全な釣りを心がける。そしてそれでも起こった事故に関しては渡船店や行政に責任を押し付けず“自己責任”とする。これがいまの釣りのあるべき姿である。もちろん、渡船店も安全に関しては配慮し、事故のないように釣り人に促すことを忘れてはいけないのはいうまでもない。そうすることによって釣り場での事故が大激減するはず、いや事故ゼロを目指してほしい。
 この港湾局の立入禁止に対して釣り業界も立ち上がった。いや、ようやく重い腰を上げたといった方がいいかもしれない。というのも私が港湾局を取材した8月8日時点、港湾局に対話を求めたのは私と私が釣り雑誌に就職したときの編集長だけ。まだ港湾局が正式に動いていないから動けない、これが関係者の弁だったがすでに禁止区域を特定し、中旬には市民の意見を聞く「パブリックコメント」を港湾局のホームページに乗せる準備もしていたのだ。相手の動きや内容を把握していないと対策を講じることはできないはず。業界の中にはパブリックコメント後に動くという声もあったが、これでは対応が後手に回ってしまう。
 ただ、幸いなことにパブリックコメントが8月27日にずれた。そこで24日に京セラドームで開かれた「磯釣り・波止釣りフェスタ」で、主催者に“大阪港が立入禁止に…”の特別コーナーを設置してもらった。そして釣りができなくなる状況や背景を原稿にして来場者に私自身が配布すると、ほとんどの人が「頑張って」「私に何ができますか」「友達にも話してパブリックコメント書きます」と理解してくれたのがうれしかった。
 パブリックコメントと同時に釣り業界も立入禁止の撤回に向けて動き始めた。ただ行政と対立するのではなく、いい関係で同じ方向に進むためにはどうしたらいいのかといった前向きな議論が行われた。そしてある程度の方向性が決まり、各方面に協力を仰ぐとともに撤回のお願いをいま急ピッチで進めている。
 今月26日までがパブリックコメントの期間。ぜひ大阪港立入禁止についてみなさんの率直な意見を述べてほしい。というのもたくさんの意見が行政の方向を変えてくれるからだ。大阪市港湾局のホームページにアクセス、あるいは直接に港湾局経営管理部総務担当(筍娃供Γ僑僑隠機Γ沓沓娃粥砲飽娶を書き持ち込む、FAX(筍娃供Γ僑僑隠機Γ沓沓隠后砲OK。メールの送信先はtachiiri-iken@city.osaka.lg.jp
 ぼくらの大阪港が今後も安全に釣りができるように頑張って動きたい。ご協力お願いします。

条例改正された場合、立ち入り禁止になる図面
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地図は大阪市港湾局ホームページより引用(2008年9月9日許可済み)
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森永誠
森永誠

森永誠(もりながまこと)
昭和31年に世界遺産で有名な鹿児島県屋久島で生まれる。中学1年で大阪に移り、大学卒業後に週刊釣りサンデーに入社して編集部員に。25年勤続したが廃刊を機に独立して編集プロダクション「オム・オーシャン」を設立。現在、サンテレビ「ビッグフィッシング」レギュラー、ラジオ大阪・月曜日「むっちゃ元気・オール阪神の週間釣り道楽」レギュラー。サンケイスポーツ、日刊ゲンダイ、週刊つりニュースなどに執筆中。釣りは何でもこなすが手軽に楽しめる防波堤の釣りや投げ釣りを好む。

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