• HOME
  • 森永誠の釣り日和
森永誠の釣り日和

2008.12.01 Monday第30回 日高川のカセ釣り「ありがとう」そして「さようなら」

 今年の世界的な大不況は釣り業界にも大きな広がりを見せている。数年前からの日本経済の落ち込みも大きく影響しているようで、渡船店や釣り船業者は目を覆いたいほどどん底。ベストシーズンの好天時でも釣り客はまばらという状態があちらこちらで起こっている。昨年に比べると釣り人の動きは半分以下で、このままでは経営の存続ができないと心配する店もある。
 そんな中、ショックな出来事が起こった。大好きだった和歌山県御坊市にある南釣具店が12月12日でお店を閉めることになったのだ。
 南釣具店は釣り具やエサを売る店ではなく、日高川河口にカセ(小船、伝馬船)をかけ、小物から大物までを釣らせる店としてファンに親しまれている老舗。フルシーズン多彩なターゲットが釣れる日高川河口のカセ釣り、釣り人が絶える間はなかったのだが2、3年前から釣り人の動きが鈍くなった。特に今年は釣り人の動きは最悪で“開店休業”の日もあったようだ。魚が釣れなくなったから釣り人の足が止まったのではなく、不況が大きく関わっているのだ。釣り人は財布の紐をしっかりと締め、ガソリンの高騰により遠出をしなくなったのが大きな原因だといわれる。
 南釣具店のご主人、南修さんは関西では釣り名人として名を馳せ、自らが極めた「アユの岩盤釣り」はアユ釣り界に衝撃を与えた。南修さんは“ナンシュウさん”という愛称で呼ばれ、若造だったころの私が「ナンシュウさん」と呼んでも嫌な顔ひとつせず、いろいろなことをしっかりと教えていただいた。一本気でウソが嫌いで、釣り人のことを真剣に考えてくれたナンシュウさん。もうナンシュウさんの教えを請うことができなくなるのはとても寂しい。そして奥さんはいつしか「お母ちゃん」と親しみをこめて呼ばせていただき、いつも笑顔で私を迎えてくれた。もちろん釣り人の誰にもやさしいのはいうまでもない。
 チヌ釣りのファンが圧倒的に多かった南釣具店だが私は秋から晩秋のメッキ釣りが大好きで、毎年のようにこのシーズンになると当地を訪れ、パワフルなメッキに酔いのんびりと1日遊んだ。生きたエビを撒き、生きた生きエビをハリに刺す“エビ撒き釣り”はメッキのほかのスズキ、ヒラメ、マゴチといった大物もヒットするから面白かった。3年ほど前にはかなり上流にカセを掛けて釣っていると“ドッカン”の衝撃で何と29造離スが飛びついてきた。エソと思うほどよく肥えていて、翌年も仲間が同じサイズのキスを釣ったのをついこの間のことのように思い出す。
NO1 NO2
NO3 NO4
 11月中にテレビの取材とラストの釣りを楽しみたいと南釣具店を訪れた。私の顔を見るなり「ごめんな、もう店閉めることになってん」とお母ちゃん。不況も大きな原因だが後継者がいないのが大きいようだ。ナンシュウさんもお母ちゃんもかなりの歳で、もう体力の限界だというのだ。ナンシュウさんは病気がちで、このまま店を続けることはお客さんに迷惑をかけるという気持ちが強いのだ。
 実は2年ほど前にも店をやめたいという話をお母ちゃんから聞き「やめたらあかん、続けて…」とお願いして、2年間頑張ってもらっただけに、今回はもう何も言えなかった。「お母ちゃん、長い間ありがとう」というのが精一杯だった。そしていつもポイントにカセを掛けてくれた北野船頭にも感謝の気持ちを伝えると「お客さんに悪うてなぁ」と繰り返す北野船頭。心の底から残念そう。北野さんも長い間、本当にありがとう、そしてお疲れさま。
 店を閉めるまでにもう一度現地を訪れて、釣りを楽しみナンシュウさん、お母ちゃん、北野船頭の笑顔を見て語り合いたいとそう思う。だが反面、出掛けるのを渋る自分があった。みんなの顔を見ると何もいえなく、悲しい気持ちになってしまうのが嫌でそして怖かった。
「行く」「行かない」で葛藤中の私。まだ結論が出ていない。
 日高川河口のカセ釣り、長い間楽しませてくれてありがとう、そしてさようなら。
NO5 NO6
<< 第29回 1週間で釣り堀4回「やっぱり釣りは楽しい」 | 第31回 若者に人気の磯釣り&新車が冠の釣り堀大会 >>
森永誠
森永誠

森永誠(もりながまこと)
昭和31年に世界遺産で有名な鹿児島県屋久島で生まれる。中学1年で大阪に移り、大学卒業後に週刊釣りサンデーに入社して編集部員に。25年勤続したが廃刊を機に独立して編集プロダクション「オム・オーシャン」を設立。現在、サンテレビ「ビッグフィッシング」レギュラー、ラジオ大阪・月曜日「むっちゃ元気・オール阪神の週間釣り道楽」レギュラー。サンケイスポーツ、日刊ゲンダイ、週刊つりニュースなどに執筆中。釣りは何でもこなすが手軽に楽しめる防波堤の釣りや投げ釣りを好む。

カテゴリ